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中央構造線博物館
Sat.14.07.2018 Posted in 中央構造線
090503大鹿村 (1 - 1)-4
安康露頭を見たあと、大鹿村にある中央構造線博物館に立ち寄りました。中央構造線についての詳しい資料がいろいろあり勉強が出来ます。


090503大鹿村 (1 - 1)-5
庭には領家変成帯と三波川変成帯の両方から採れたたくさんの岩が並べられています。ここには露頭部分はありませんが、この線の下に中央構造線が通っています。


090503大鹿村 (1 - 1)-9
大鹿村を中心にして南アルプスと中央アルプスの模型があり、現在でも隆起が続いているのですが、場所ごとにその違いがあることを、実際に模型を動かしながら説明してくれました。

090503大鹿村 (1 - 1)-8

昭和36年、3日間続いた大雨のため大崩落があり42人の村人が一瞬のうちにのみ込まれて亡くなった大西山崩落あと。
中央構造線付近は断層による破砕帯になっているため山地では土砂崩れが多発しています。
左下が中央構造線博物館。

中央構造線
Thu.12.07.2018 Posted in 中央構造線
遠山郷から上流の大鹿村方面へ渓谷沿いの道を進むと、もろい岩質のためトンネルが作れず昔からある峠越えの道が出てきます。
この峠(地蔵峠)を越えたところに中央構造線の露頭部分を見ることが出来る安康露頭があります。

090503大鹿村 (1 - 1)
何年も前から見たいと思っていた中央構造線、いよいよ初見参で胸がときめきます。


090503大鹿村 (1 - 1)-2
踏み跡のような道をたどります。


090503大鹿村 (1 - 1)-3
やっと出会えた中央構造線、感激の一瞬です。


090503大鹿村 (1 - 1)-6
黒い線の左側が領家変成帯(内帯)、右が三波川変成帯(外帯)と呼ばれるもので、先に内帯が中国大陸にくっつき後から外帯がくっついて一体化します。その後プレートの沈み込によりその反動で一体化した内帯外帯が大陸から引き剥がされ日本海が出来、日本列島が誕生しました。
中央構造線
Mon.17.06.2013 Posted in 中央構造線
090503大鹿村01


090503中央構造線05-2
↑黒い部分は中央構造線部分に入り込んだ性質の違う他の岩石。
中央構造線についての説明は下にあります。


090503大鹿村03


090503中央構造線07


090503中央構造線01
看板の左側の絵が一つ上↑の写真、看板の右側の絵が下↓の写真である。
初めに茶色い部分が中国大陸にくっつき、後から青い部分がのし上がる様にして茶色い部分にくっついて日本列島の元が出来上がった。
のちに茶色い部分と青い部分はいっしょに中国大陸から分離して日本列島となり日本海が出来る。
弓なりに折れ曲がりながら分離したので曲がった部分がフォッサマグナとなった。
左側茶色部分が日本海側(内帯・領家帯)、右側青い部分が太平洋側(外帯・三波川帯)になる。

090503大鹿村04


090503中央構造線06


090503中央構造線02
大鹿村にある中央構造線博物館。この建物の真下を中央構造線が走っている。
研究員の方が中央構造線について詳しく説明してくれた。
かっては海底だったところが隆起して南アルプスが出来上がった様子などを実際に模型を動かして見せてくれる。
標高3,000メートルの南アルプス赤石岳山頂で海底生物のアンモナイトの化石などが採掘されている。
右側の壁には本物の中央構造線部分をはぎ取った岩石が貼り付けてある。
凝固剤で固めてからはぎ取ってきたのだろうか。

EF24-105F4L Lightroom5 Beta
長野県
09/05/03 撮影
中央構造線の旅  終わり
Sat.09.05.2009 Posted in 中央構造線
分杭峠

分杭峠は不自由になった身体を地中から出る強い磁気に当たって治そうとする人たちが大勢訪れるので大きな有料駐車場が造ってあったが連休中とあって満車状態、付近の道路にも車が並んでいた。治療の効果は様々に実証されているのでこれだけ人気があるのだろう。
私自身は特に悪いところがあるわけでも無いので今回はパスすることにする。
ここから峠を下ると武田信玄の側室で勝頼を産んだ湖衣姫(由布姫)の話や「絵島生島」の絵島が幽閉されていた話で有名な遠にでるのだが今回は早く高速に乗りたいのでここから左に折れて駒ヶ根に下ることにした。

駒ヶ根

分杭峠を駒ヶ根に下る途中で中央アルプスの勇姿が望まれた。
北アルプスや南アルプスは少しは登っているので大体わかるのだが中央アルプスは一度も登ったことが無く山の名前は判らなかった。

この日の走行距離は690キロ、早出早帰りのお陰で渋滞はゼロ、3時半には帰宅出来た。
また行きたい。
中央構造線の旅  大鹿村編 その4
Sat.09.05.2009 Posted in 中央構造線
北川露頭入り口

中央構造線博物館を出て次の目的地北川露頭に向けて出発する。
道は中央構造線に沿って走る分杭峠から遠、杖突峠方面である。
博物館から11キロと出ていたがなかなか現れず14,5キロ過ぎてもしかして見落としたかなと思い始めたころやっと看板が現れホッとする。
安康露頭では駐車スペースが無く道路脇に駐めたがここには大きな駐車場が造られていた。
写真奥が大鹿村博物館方面。


北川露頭1

上から見たところで、人が立っているところが中央構造線。


北川露頭解説板
看板の左側の写真が2枚目↑の写真の説明、右側の図が下↓の写真の説明である。

北川露頭2壁面

下に降りて川の方から見上げたところ。
左側の茶っぽいところが領家変成帯、右側の青っぽいのが三波川変成帯である。

これで今日の目的であると博物館と二つの露頭を見学できたので大満足。
最後は大型ピップエレキバン(?)のある磁気の強い分杭峠で体調を整えようと峠道を上り始める。


長野県下伊那郡大鹿村
中央構造線の旅  大鹿村編 その3
Fri.08.05.2009 Posted in 中央構造線
博物館全景

中央構造線の真上に建つ大鹿村中央構造線博物館全景。
博物館の敷地内、写真の左から右に中央構造線があるが地中なので見ることは出来ない。


博物館内部

中央の模型が上下に動いて係員が断層の模様を解説してくれる。
右の壁面には中央構造線実物の表面をはぎ取ったものが貼り付けてある。

大鹿村崩落

昭和36年、3日間続いた大雨のため大崩落があり42人の村人が一瞬のうちにのみ込まれて亡くなった大西山崩落あと。
中央構造線付近は断層による破砕帯になっているため山地では土砂崩れが多発している。
左下が中央構造線博物館。


長野県下伊那郡大鹿村
中央構造線の旅  大鹿村編 その2
Thu.07.05.2009 Posted in 中央構造線
大鹿村歌舞伎

博物館の開館時間9時半までには1時間もあったので車を博物館の駐車場に入れて村を散歩することにした。
たまたま5月と10月、年に2度開かれる大鹿歌舞伎の開催日に当たり会場になる大磧神社境内には見物客が集まり始めたところであった。
開演は12時ということで未だ3時間以上ある。
望遠ズームと三脚が車に積んであるので村の歌舞伎は被写体としてはとても魅力があったのだが帰りの大渋滞を思うと4時間から5時間もここで時間をつぶす気になれずあきらめることにした。

木製鳥居

大磧神社の木製の鳥居と歌舞伎見物の村人。
木製の鳥居は普段石の鳥居しか見ることがないのでとても珍しかった。

赤石岳

村から見える南アルプスの盟主、赤石岳(3120m)。


長野県下伊那郡大鹿村
中央構造線の旅  大鹿村編 その1
Wed.06.05.2009 Posted in 中央構造線
安康露頭入り口

地蔵峠を越えて大鹿村に向かう途中にこの看板が出てくるので見過ごすことは無い。
写真奥が地蔵峠方面。
地蔵峠の本道は峠付近の地盤が中央構造線破砕帯の影響で道路を造るには危険らしく途中までしか出来ていない。
林道が迂回路になっているのだがこの林道が昨年4月一部側壁の崩壊があり通行止めになっていた。
つい2週間ほど前1年ぶりに通行止めが解除され飯田の町の方まで大遠回りしないで済んだのはラッキーだった。


安康露頭への道

道と云うより踏み跡が露頭に向かって進んでいる。


安康露頭付近2

感動の初対面、はるばるやってきた甲斐がありました。


安康露頭


左側の茶っぽい岩が領家変成帯、右の青っぽい岩がこの前群馬県鬼石まで見に行って来た三波川変成帯、間の黒っぽい岩は隙間に入り込んだ他の性質を持つ岩がもまれて出来たもの。
これと同じ状態が茨城県鹿島から埼玉、群馬、長野、静岡、愛知、三重、奈良、和歌山、徳島、愛媛、高知、大分、熊本と続いているのだ。
左側の茶っぽいのが先に中国大陸にくっつき、後から青っぽいのが茶っぽいところにくっついて日本列島の元が出来た。
最初は海底に出来た列島の元が後に隆起、更に日本海が出来て日本列島は中国大陸から独立した。


長野県下伊那郡大鹿村
中央構造線の旅  飯田編 その4
Tue.05.05.2009 Posted in 中央構造線
下栗15


上村川と中央構造線に沿って走る秋葉街道。
川と道路の僅かな土地にも水田が造られていた。

長野県飯田市上村
中央構造線の旅  飯田編 その3
Tue.05.05.2009 Posted in 中央構造線
下栗09


下栗14


深夜に走行したせいで高速の渋滞はゼロ、飯田IC5時、上村には6時過ぎに着くことが出来た。
およそ1時間ほど撮影したあと秋葉街道を地蔵峠に向かう。


長野県飯田市上村下栗

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